#自然に囲まれた

  • 【サ25002】市川○○○になってみましょうか

    【サ25002】市川○○○になってみましょうか

    山形県最上地域で移住者が一番多く住んでいるエリアが、鮭川村京塚地区。県の内外を問わない移住人気。私の出身の鮭川村だからと、見栄を張っているわけではない。閑静で暮らしやすいという声と地域の元気がある点が評価されているのだ。

    まずは、暮しやすさのポイント。幹線道路から少し入ったところにあり、隣家は数十メートル離れているので騒音もない。買い物や病院などは、新庄市・真室川町へ10分程度。日々の暮らしは、ローカルコンビニや郵便局、ラーメン店(夜はお酒も提供)、サッカーグラウンド、体育館など、すべて徒歩圏内。もちろん、移住者に慣れている地域の世話焼きは不安を払拭してくれるし、防犯や子どもの見守りも地域全体で睨みを利かせている。

    地域に元気がある理由は、歴史に起因する。なんと言っても鮭川歌舞伎が素晴らしい。300年近い歴史の田舎歌舞伎で、イケメン後継者がたくさん在籍している。関東方面からの根強いファンも多く、定期公演は、観客が会場をあふれるほどだ。地元の小学生も役者として出演する。役者になると、市川の名が頂けるのは大きな魅力だ。

    今回ご紹介のお宅は、隣家が離れているので、音を出しても大丈夫。音楽好きや仲間とワイワイ好きな方、バーベキュー好きな方、自由度の高いお宅だ。あれ、移住して、歌舞伎役者になって、大声で練習して、大見得切るのも楽しい。睨みも利いて、家内安全・身体堅固・大願成就も間違いない、かも。

  • 【ト24001】【津谷】「やっちゃおうぜ」

    【ト24001】【津谷】「やっちゃおうぜ」

    国で地方再生が叫ばれ10年以上がすぎた。何事にも奥手な最上地域の自治体は、あまり実績を積んでいない。良し悪しは別として、再生の難しさは一級品だ。インバウンドなんか、ほとんど関係ない。そんな最上地域でも、各市町村の中心部はそれなりに人の暮らしも店もある。

    戸沢村津谷地区。近所には、コンビニやスーパー、郵便局がある。少し歩くと、JR奥羽東線津谷駅もある。喧噪に満ちていそうだが、その家は、本通りから少し入った行き止まりの道路わきにある。家の前は、草が生い茂り、畑だった面影が少し残る程度。クサギカメムシが玄関でお出迎え。

    その平屋は、4つの部屋が縦に連なり、簡単な構造だ。大きくない。あれっ?自分でできそうじゃない?そうDIYだ。インスタで少しずつ発信するのも悪くない。でも、素人では難しいかなって思ってみたり。あっ!スゴ腕大工さんがいるじゃないか。アドバイス体制も安価で整ってる。材料費は、戸沢村の住宅リフォーム支援を活用する。そんなことを一瞬で考えさせてくれる平屋である。

    DIYのその後は、、、足元から。そう、畑の再生だ。天皇陛下がおかわりをしたサクランボを生産していた土壌のプロがアドバイスする予定だ。

  • 【ト24002】【角川】「原風景と暮らす」

    【ト24002】【角川】「原風景と暮らす」

    解剖学者の養老孟司は、首都圏の一極集中を憂いていた。南海トラフや首都直下型地震でも起きないと皆さん気づかないでしょ、と言う。確かに、南海トラフ地震の発生確率が格段に上がっている。そんな養老先生は、いろんな壁の存在を提起されている。2003年作『バカの壁』を筆頭に、『死の壁』(2004年)、『自分の壁』(2014年)、『ヒトの壁』(2021年)、『人生の壁』(2024年)など。根底には、その社会の生きづらさが垣間見える。なので、箱根の別荘で昆虫標本づくりをして自己実現されている。私も先生と何度か最上地域の昆虫採集に同行させていただき、田舎のすばらしさを教示されたことがあった。

    先生の本を読んでいると移住の問合せがあった。最上地域で一番の人気エリアはどこ?との質問。村で暮らしたいという要望。地域の方々とゆったり触れ合いたいという田舎暮らしイメージ。ザ、田舎暮らしを叶えてくれるのが戸沢村角川エリア。地域づくり活動は歴史も深く、面倒見の良い方も多いエリアなので地域に溶け込めやすい。

    春の萌黄色に染まる山々、夏のホタルの淡い光、秋の燃える紅葉、そして雪景色、どれを取っても日本の原風景しかない角川に風情のある家がある。木造二階建て、山水を庭にひいて利用もしている。日本昔ばなしの世界に入り込んでしまったかのような暮らしがそこにある。二階も広く、昔の旅籠のような雰囲気だ。二階から外を眺めるだけで幸せになれますよ、と主は言う。

    最近では、狩猟を目的に移住を考えている方がいる。ここは、そんな方にオススメだ。お宅に伺うと、近くの田んぼで寛ぐニホンザルが意を介さず落穂を食べていた。

    地域に溶け込む壁も、自然との壁もないエリア。戸沢村角川だ。

  • 【サ24002】土間のある暮らし

    【サ24002】土間のある暮らし

    脳と腸の密接な関係が解明されて、腸の働きが活性化されると健康に良いという、いわゆる「腸活(ちょうかつ)」が取りざたされている。腸と食物繊維とアレルギーの因果関係までも解明され、注目を浴びている。腸活で効果的なのがキノコだ。全国有数のキノコ産地、鮭川村。新鮮キノコが安いので地元の産直も繁盛している。

    その鮭川村は、空き家バンク問合せに空き家が足りていない。そして、この度掘り出し物件登場、清流鮭川のほとりにある土間のある家。先日までは賃貸物件だったとのこと。芸術家さんが借りていた。活用アイディアは無限にある。家の前に畑と車庫・倉庫もあるので農業も楽しめる。アレルギーのお子さんがいたら、野菜づくりやキノコをたくさん使った食生活の改善も望める。土間は、そんな暮らしをサポートもしてくれる便利空間だ。

    この村には、先輩移住者もおり、2024年に移住されたご家族は、なるべく山奥のほうを探して移住してきた。県や村から数百万円の支援があったとのことで、住宅改修にも役立ったとのこと。そんな方々は、キャンプ場で働いてたり、レストランを開業したり、議員さんになった方もいらっしゃる。

    新たな住民の働きで地域を活性化してみてはいかがか。もちろん、鮭川村に住むのだから、キノコで腸の活性化も。

  • 【マ24001】高台の家

    【マ24001】高台の家

    慶長5(1600)年9月15日、関ヶ原の戦いのまさにその日、「北の関ケ原」と呼ばれる長谷堂城の戦いがあった。この戦いの中心に、その男がいた。鮭延越前守秀綱である。この時の秀綱の戦いぶりには、相手方(西軍)の大将、直江兼続に「鮭延が武勇、信玄・謙信にも覚えなし」と言わしめている。秀綱は、のちに愛綱(ちかつな)とも名乗り、家臣からの信望も厚い。NHK大河ドラマ「独眼竜政宗」の原作者、海音寺潮五郎の短編「乞食大名」でその生涯が記されている。感動の秀作である。思えば、徳川家が新たな時代を創造した影の立役者の一人である。

    秀綱の居城のあった地が、ここ真室川町の高台だ。出羽富士、鳥海山を望むその高台に、この家は建っている。家の裏からの眺望はこの上ない。管理者からも自慢された。ただし、傾斜地立地のせいか、経年劣化によるものか、基礎に小さなクラックが見えた。宅内に入ると、まだ生活しているかのように物が置かれている。ご自由にお使い下さいとのこと。1階の洋室には壁一面に鏡が埋め込まれている。テープで補修はされていたが、ダンス、ヨガ、筋トレなど、自己欲求を満たす空間だ。近くの運動公園は、天然芝グラウンドやテニスコート、球場、トレーニング施設がある。部屋数豊富で、想像しだいで、可能性の広がる物件である。

    一国一城の主の気分を味わいつつ、あなたの人生の新たな時代を創造してみてはいかがだろうか。

  • 【モ24001】温泉街で新しいこと始めよう

    【モ24001】温泉街で新しいこと始めよう

    最上町赤倉温泉エリアは、国民体育祭スキー競技会場にもなったスキー場の麓にある。ここで見つけたのが、店舗兼住宅として使われていたお宅。主は、現在別邸に住み、日帰り温泉の支配人をしている。元カメラマンのダンディーだ。地域づくりにも貢献しており、赤倉温泉エリアを元気にしたいという思いが強い。近くには、カフェを始めた移住者で移住コーディネーターもしている素敵な女性が活躍していたり、面白い方々が暮らしている。

    伝説によれば、慈覚大師円仁(794年―864年)が山寺立石寺を開山した3年後の奥羽地方巡の折に今の赤倉温泉にあたる地域を訪れた。その際、地元の村人が小国川の水で傷を負った馬を癒している姿を見た円仁が、手にした「錫杖(しゃくじょう)」で川底を突くと石の間から薬湯が湧き出たと言われている。

    さて、このお宅、店舗跡の活用が楽しそうだ。ガレージにして愛車を眺めたり、もちろん店舗としても使える。名物料理を考案して、開業してもいい。スキー好きの集いの場にしても楽しそうだ。DIYもやり放題で、町のリフォーム支援なども活用したい。

    一人がスキーのストックで雪面を突いても何も出ないかもしれないが、多くの方で突いてみると、面白い元気が湧いてくるかも知れない。

  • 【シ24001】離れがある暮らし

    【シ24001】離れがある暮らし

    この家の前で車を降りると、道向かいの林から朝日がこちらを差していた。4~5世紀の中国、魏晋南北朝時代の隠逸詩人、陶淵明(とうえんめい)の世界観を思い出さずにはいられない。朝廷からの招聘もこばみ、隠棲生活を送りながら田園で詩をつくり、第二の人生を謳歌している。「尋陽(じんよう)の三隠」と称された一人で、いわゆる晴耕雨読の生活を主題とする一連の作品は、同時代および後世の人々から理想の隠逸生活の体現として高い評価を得た。

    まさに、この家は、第二の人生を謳歌するために用意されたと言える。新庄盆地を形作る山々に囲まれ、眼前は開けた田園。二階建ての離れは、詩や散文、そんな創作意欲を黙らせてはくれない存在だ。

    本宅に足を踏み入れると、落ち着いた和の雰囲気が出迎えてくれる。玄関廊下が広い。リフォームの構想が頭にちらつきつつ、宅内を巡った。なんと、和室が1・2階合わせて7部屋もある。大リビングにしてもよいだろう。雪国の薪ストーブ生活も楽しめそうだ。

    気になる雪対策は、いまでは法的に難しい高床住宅なので安心材料。安心といえば、隣家のおじさんも気さくで親しみやすい方であった。少し世話焼きぐらいの地域の方がいらっしゃるほうが田舎暮らしには合っている。さて、「新庄の三隠」になるのは、いずこの方か。楽しみだ。